うろおぼえ立ち読み雑記

週間漫画雑誌等を立ち読みして、気になる作品についてのレビューなどをメインにしていますが、最近は買っているマンガのレビューの方が多いかな。マンガ以外の趣味の話もあります。

奇蹟の画家・・・石井一男さんについての思い出

1995年1月17日の阪神淡路大震災から15年ですか・・・。
それに関連してテレビでもなんやら神戸新聞の記者達の奮闘記みたいなもの
を今、親父が観てますわ。まあ・・・なんというか、よく新聞作って届けて
くれたのを思い出す。17日の新聞は既に投函済みではあったが、18日の
朝刊は来ないと思いきや・・・届きましたよ。

これには驚いた。記事が載っていない、空いている、余白が目立つ新聞では
あったが、作って届けてくれた彼らの情熱を頂いた気がする。
あれから15年か・・・・・・・。

今回はその1995年以前に出会った本と絵の話。

1993年に東京から神戸の実家に帰った時の事、神戸の街にでて昔から
馴染んでいる三宮~元町間を歩き、書店やCD店巡りなどをしていた。
ジュンク堂と同じくらい利用している元町の海文堂書店であるエッセイに
出会う。


書店でも一番目立つところ、他の有名作家を尻目にドーンとうず高く平積み
された、知らない作家さんのエッセイ。手描きポップをみて驚く。
「海文堂書店の社長、初エッセイ」とのこと。
常々、この書店の在庫はマニアックというか、普通のチェーン展開している
書店とは毛色が違うという事を知る兵庫県民には、ココに行けばあるかも
知れない書籍が並ぶ。

美術、音楽、デザイン系の書籍も豊富だ。そして、2階には画廊も併設している
というちょっと無い街の本屋として、ぼくは中学~高校の頃には既に利用して
いた。80年代の頃である。

この海文堂書店の社長、島田誠氏のエッセイを試しに読んでみると、なかなか
興味深く、また文章も面白いので立ち読みもなんだから・・・といって買いました。
1000円くらいだったと思う。書店の店主として愛する神戸について色々と
書いている中、今回扱いたいのは「石井一男」という画家のエピソードです。

無愛想な蝙蝠無愛想な蝙蝠
(1993/12)
島田 誠

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島田誠氏が神戸新聞に寄せた記事か何かを見て感銘を受けて、石井一男氏は
「ぼくの絵を見てください・・・」と、海文堂書店を訪れたそうです。
まあ・・・なんというか、石井さんを見た島田さんの第一印象はちょっと悪かった。
なんだか病気がちで血色が悪そうな風貌に引いたみたいである。
「まあ・・・僕は画商でもないのでなんですが、よろしければ見ましょう」と
最初は社交辞令として応対し、適当にあしらってやろうと思っていたそうですが、
ガッシュ(不透明水彩)やパステルを画材に使った小さな絵につい見入ったそうです。

絵画のサイズとしては小さいサイズで、0号、SM号サイズ、官製ハガキ2枚分程度
の大きさに描かれる何かを祈るような、淡く優しい微笑みを浮かべる女性一人。
色合いを変えながら描かれる女神・・・か何か。

例えるならルオーのような作風にも見えるけれど、またそれとは違う祈りの世界が
垣間見えたそうで、これは僕が何とかしてやらねばならないと、使命感に燃えた
そうです。そこから初の個展に至るまで、それほど時間はかからなかったみたいです。

この石井一男氏の作品を、海文堂書店の2階に行く途中に展示してあるのをたまたま
観ました。多分・・・1993年か1994年頃です。

小さな絵で、ぼんやりと黄色い画面の絵でしたがとても惹かれました。

魅力的な絵画というのは大きさ、優れた画力では無い事を改めて知る時でした。

この絵は欲しいなぁ・・・。






まあ・・・失礼ついでに言わせてもらえば、技術的には上手い絵ではありません。
下手ともいえますが、美術教育を受けた人間を越える「なにかがあります」

絵に魂が宿っているようにも見えるような・・・そんな絵です。

僕がみた小さな絵は70000円の表示がありました。当時、買えなくもない
金額でしたが、結局買わなかったですね・・・。心の中で何かと葛藤したような
思い出もあります。多分、俺にはこんな作品は創れない・・・と認めてしまうのが
少し恐かったのかもしれません。

その1994年の冬、年明けの1月17日に東京のアパートを引き払い、20日に
神戸へバイクで引越し。その年の何月かなぁ・・・皮ジャン着てバイクで海文堂に
行き、石井一男氏の個展を観ましたよ。2~3回目の個展でしたね。
個展開催を知ったのは神戸新聞のコラムだったような気がします。

小さな作品ばかりでしたが、あれは治癒能力のある絵画だと思います。

なんだかそんな何か、独特の空気がありましたが、「ホッとする」作品群に感銘
を受けました。画家本人らしい方もいらっしゃいましたが、僕の外見上の見た目
がいかついのと、その不逞の輩臭漂う目つきの悪さに、画家を萎縮させてしまった
のか、声をかける前に遠巻きに逃げられたような気がします。
(皮ジャン、皮パンツ、黒いレッドウイングのブーツ・・・)

当時25~26歳の若造は、これでもとってもシャイボーイ。

まあ・・・今、考えてみても声は、やっぱりかけられない性格だったかも?
今は割りと平気に喋りたがるおっさんですから、この年齢なら質問攻めしたかも
しれませんね。やっぱり迷惑な人だわ(笑)

しかし、まあ・・・なにゆえ石井一男さんの話題をするかというとですね、
最近読んだ新聞や週刊文春の書評でなにやら「奇蹟の画家」というタイトルの新刊本の
表紙を見て驚き、また石井一男氏の名前を読んで思い出したのですわ。

奇蹟の画家奇蹟の画家
(2009/12/08)
後藤 正治

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ああ・・・やっぱり良い。

良い絵じゃないですか


25~26歳の当時の僕はこの絵に少し嫉妬したんでしょうね。

ちなみにテレビ、情熱大陸でも放送するみたいです。

それに先駆けて書いてみました(笑)







貧乏から抜け出したのかな・・・というよりも、画家として生きていける
この方は立派です。情熱大陸は僕も観てみます。

明日、日曜日の夜ですかね・・・。



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